【解決事例】羊水検査における胎児染色体異常(ダウン症)の見落とし「計1100万円との認定」

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解決事例.7 羊水検査における胎児染色体異常(ダウン症)の見落とし

【事案の概要】

Aさんは、妊娠中、胎児の頸部の膨らみを医師から指摘され、高齢出産となることもあり、羊水検査を受けることにしました。

羊水には、胎児から剥がれ落ちた皮膚細胞や尿が含まれるため、そこから得られる情報は多岐にわたりますが、その大半が胎児の先天異常、特にダウン症の有無を見分ける検査に用いられているのが実情です。

最近話題の血液採取だけで行う新型出生前診断(NIPT)とは異なり、妊婦のお腹に太い針を指して羊水をとる必要があるため、確率は低いながらも流産の危険もあり、これを受けるにはそれなりの覚悟で臨むのが通常です。

Aさんも羊水穿刺の際、かなり痛かったそうですが、結果は、陰性、つまり、胎児のダウン症は検出されなかった旨医師から告げられ、安心して出産したわけです。

ところが、生まれた子供はなぜかダウン症であり、医師の羊水検査結果の見誤りであったことが判明しました。

その上、その子は、ダウン症児に多く見られる疾患を複数抱えており、生後約3か月で死亡してしまうのです。

そして、病院側から提示された賠償額は200万円であり、納得がいかないAさんは、何箇所もの法律事務所に相談するも、母体保護法上、胎児の染色体異常を理由とした人工妊娠中絶は違法であるから、医師の責任を追及することさえ困難という意見ばかりが返ってきました。

医師の過失は明らかと感じていたAさんにとって、予想外の反応であり、思わぬ法律の壁にぶち当たった思いだったそうです。

そのため、かなり意気消沈した状態で当方に相談してきたわけです。

しかし、Aさんが感じたように、殆どの妊婦が羊水検査で陽性(ダウン症)と出た場合、中絶している現状がありながら、いざ検査結果の誤告知が起きたら、中絶すること自体が違法であり、できない以上、誤った結果を告げても問題はないというのは明らかに不当です。

その常識的感覚を基に、当方が代理して、Aさんは訴訟を提起しました。

【解決のポイント】

たしかに、病院側は、訴訟の中で、検査結果を正確に伝える義務はあるとしても、中絶自体が母体保護法上認められないといった主張もやはりしてきました。

しかし、この点は、当方から、これまで母体保護法などどこ吹く風とばかりに、妊婦が望めば中絶が行われてきた実情や同法を厳格に考えて、胎児のダウン症を発見しても中絶できないとしたら、それこそ、憲法で保障する自己決定権の侵害だとの主張を展開しました。

すると、裁判所も、中絶が違法か合法かについての関心はなかった模様であり、専ら、病院側の過失が認められることを前提とした損害論、損害額をどう捉えるかが争われたのです。

生まれた子供が存命であれば、Aさんは、本来、出産しなかったはずの障害児を養育するのにかかる費用を求めることができたでしょう。

その額は、何千万円にも上るはずです。

病院側もそのことは意識していたようであり、出産直後は、比較的高額の賠償も匂わせる対応でした。

ところが、子供が亡くなった後は、上述したような養育費は当然必要なくなるわけですから、提示額もそれに応じて切り下げられました。

両親に対する慰謝料だけであれば、200万円が限度、それが答えだったのです。

そこで、当方は、たまたま、生れた子が先天性疾患で死亡したからといって、病院側が多額の賠償を免れることの不合理さを感じ、できるだけ、生存していた場合に近い額を請求する法的構成を考えました。

その結果、亡くなった子供が受けた精神的苦痛を相続人たるAさんが請求するという形をとりました。

実際、この子は、生れた直後から消化管の蠕動運動を司る神経叢の異常で排便ができないまま腹部膨満により、これ以上膨らまない位に膨らんだ腹部の皮膚がべろりと剥離し、口腔内や尿が出血で真っ赤になり、呼吸困難も伴って全身が紫色となっていました。

患児は、余りの苦しさに、命綱である人工呼吸器を外そうとするため、薬物投与で眠らされるといった状態に置かれました。

そして、患児は、上記腸管閉塞を来すヒルシュスプルング病に加え、一過性骨髄異常増殖症(TAM)、胸腺形成不全、肺化膿症、びまん性肺胞障害(DAD)も併発し、悪化の一途を辿ったまま3か月後に死亡するのです。

これらの疾患は、ダウン症の新生児期に多く見られるものであり、染色体正常児であれば絶対に起きないような現象でした。

それゆえ、この患児は、もし生まれれば、直後から決して治癒することのない疾患に苦しみながら死亡することが運命付けられていたことになります。

まさに、この世に生を授かった瞬間から拷問のような苦しみが昼となく夜となく幾日も続き、やがて死亡する、そのことがわかっていても、同じ立場だったら、あなたはそれでも生まれてくることを望みますかとの問いを発してみたのです。

この答えがノーであれば、精神的苦痛の賠償は、過失により出生させた医師に求めることができるわけです。

すなわち、生れたこと自体が損害であるとする、いわゆるロングフルライフ(誤りの生命)訴訟です。

これまで、過失による出生に関し、親が損害を受けたとして訴訟を起こすことは幾例かあっても、過失による出生に関し、生れた子供自身が中絶してくれなかったことが損害だとして賠償請求する訴訟は、日本初と言われています。

そのせいか、訴訟審理は毎回、多数の報道陣が駆け付ける社会的注目度の高いものとなりました。

気になる結果は、両親の精神的損害のみを認め、子供自身の損害は否定されるものでした。ただ、両親の慰謝料としては、かなり高額の計1100万円との認定でした。

医療事業部 担当弁護士の解決結果に対するコメント

生まれた子供が中絶されることと比較して、生まれて来た方が損害だと主張する行為に疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、本件は、生来的に重い疾患を抱え、病態的に長期生存不可能という状態であったことに特殊性があります。

単に、障害児が障害を持って生まれてくる位なら中絶されていた方がましだと、そんな主張を展開したわけではありません。

みなさんも、寝ても覚めても、何か月か拷問のような苦しみだけが続き、改善の余地なく、いずれ死亡するとわかっていたら、そのような生は受けたくないと感じる方がいても、不思議はありません。

しかし、誤った出生に関する子供の損害を認めさせるには、まず、羊水検査でダウン症が発覚した場合、Aさんが中絶を選択していたといえると共に、病院側では、ダウン症児が生まれれば本件のような生来的疾患で死亡することも予見できるという事情を立証していく必要があります。

そのうち、前者は楽にクリアできると思っていました。

なぜなら、羊水検査はダウン症の確定診断とされているため、痛みや流産の危険を冒してまで、これを実施する妊婦は、陽性となった場合、9割を超える比率で中絶するという統計データがあったからです。

ところが、裁判所は、羊水検査でダウン症が判明しても、中絶するか出産するかは、倫理的道徳的煩悶を伴う極めて困難な決断であり、家族の状況等高度に個人的な事情に関わるため、統計等の一般的傾向判断になじまないとして、Aさんが検査結果を正しく伝えられていても、中絶していたとはいえないとしました。

これは、社会通念や通常人の平均的感覚を重視する裁判所の性質からすると、予想外でしたが、ある意味、真実を見抜いていたような気もします。

Aさんは、最後まで、ダウン症とわかっても、中絶していたと断定はできないと言い続けていましたから。

法定戦略上、断定した方が有利である旨伝えても、答えは変わりませんでした。

Aさんは、患児が亡くなる前日、どこからか「お母さん、もう僕頑張れない。だけど、お母さんに会えてうれしかったよ」という声を感じたという話をしてくれました。

患児が病気と闘っているときには、Aさんはもう、我が子の回復を祈るだけの普通のお母さんと変わらない状態になっていました。

勝つために、嘘を付くことなど、とてもできなかったのでしょう。

裁判は、金銭賠償だけの争いではないのだなと気付かされた事件でした。


文責:弁護士法人ALG&Associates
医療事業部長

代表社員・弁護士 金﨑浩之

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