【裁判例】集団検診と肺癌の見落し | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.1 集団検診と肺癌の見落し(仙台地裁平成8年12月16日)

1.事案の概要

患者(以下、「X」という。)は、Yが、Xの居住する地域の地方自治体(以下、「Z市」という。)から受託されて実施していた検診のうち、昭和六〇年、昭和六一年及び昭和六三年には結核予防法による定期健康診断を、平成元年には同法及び老人健康保険法等による総合検診のうち結核検診及び基本検診を、それぞれ受診し、各回ともレントゲン撮影を受けたが、Yは、Z市に対して、Xについて異常所見があるとの連絡をしなかった。

Xは、平成二年八月、Z市内の海上内科医院において、健康診断のために胸部レントゲン検査を受診したところ、異常所見が発見されたため、右検査にかかるレントゲン写真に前記検診の各レントゲン写真を合わせ持参して仙台市内の仙台厚生病院で精密検査を受けたところ、末期の原発性肺癌であるとの診断を受けた。

Xはその後福島県の済生会川俣病院及びZ市内の公立刈田病院に入院して治療を続けたが、平成三年二月一七日、右肺癌が原因で死亡した。

2.医学的知見

(1)肺癌

肺癌病期の評価にはTNM分類と呼ばれる分類法が使用される。

がんの大きさと浸潤(T因子)、リンパ節転移(N因子)、遠隔転移(M因子)の3つの因子について評価し、これらを総合的に組み合わせて病期を決定する方法である。

肺癌の5年実測生存率としては、ステージⅠが71.7%、ステージⅡが38.3%、ステージⅢが18.6%、ステージⅣが4.3%とされている(「がんの統計´11」より。)。

(2)検診とは

検診とは、医学的方法の一種で、結核やがんなど特定の疾患の早期発見・予防を目的に、疾患の診断に必要な検査・診察を行い対象とした疾患にかかっていないかどうかを診断することをいう(医学書院医学大辞典第2版)。

(3)本件集団検診における読影について

本件検診で行われたレントゲン撮影は、間接撮影の方法により行われ、昭和六二年度までは七〇ミリサイズのフィルムが使用され、昭和六三年度からは読影の精度を上げるために一〇〇ミリサイズのフィルムが使用されるようになった。

Yにおけるレントゲンフィルムの読影は、専用のロールフィルム観察器を使用し、四〇〇人分のレントゲンフィルムがひとまとめになったロールフィルムをレンズ付のシャウカステン上に流し、撮影されたフィルムを1.5倍程度に拡大して読影者が一マスずつ見る方法で行われていた。

一巻のロールフィルムを約一時間で読影し、精神的疲労等が大きいために一日に二巻(八〇〇コマ)までで読影作業を止めるようにされていた。

また、読影は、二重読影及び比較読影方式によることとし、①まず、第一読影者が先にフィルム一本を読影して要再検と認めるフィルム・コマを切り取った後、残りのフィルムを第二読影者に廻し、第二読影者がその廻されたフィルムを見直して要再検に追加すべきと認めるフィルム・コマを切り取る、②次に各読影者は、自らの切り取ったフィルム・コマの受診者の過去三年ないし五年間のフィルムを抽出してカットフィルムを作り、それを一枚のファイルに収納し、これと比較しながら右フィルム・コマを再読影して最終の要再検のものを決定する方法で行われていた。

3.判決要旨

集団検診における読影担当医師らの過失の存否を判断するに際しては、問診ができず、年齢、病歴等の受診者に関する参考資料もない状態で、当該レントゲンフィルムの読影のみで正常か異常かを判断しなければならず、当初から比較読影を行うことは集団検診の時間的・経済的制約から望むことはできず、比較的短時間に多数のレントゲンフィルムを流れ作業的に読影しなければならず、個別検診と異なり右のような諸条件の下で前述の感受性と特異性の問題を考慮しながら読影しなければならないという集団検診の制約と限界を前提に考えざるを得ない。

そうであれば、通常の集団検診における感度、特異度及び正確度を前提として読影判断した場合に、当該陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がなく、これを異常と認めるべきことにつき読影する医師によって判断に差異が生ずる余地がないものは、異常陰影として比較読影に回し、再読影して再検査に付するかどうかを検討すべき注意義務があるけれども、これに該当しないものを異常陰影として比較読影に回すかどうかは、読影を担当した医師の判断に委ねられており、それをしなかったからといって直ちに読影判断につき過失があったとはいえないものと解するのが相当である。

昭和63年フィルムについては、左上肺野に小陰影の存在を疑えるが、同陰影は文字通り小さく、ろっ骨前面にほぼ重なり左上葉の血管影にも一部重なっていることが認められるため、集団検診の特殊性に鑑みると、本件読影時に同陰影を異常陰影として指摘することは困難であった。

平成元年フィルムについては、確かに一枚だけの写真で見れば疑わしい陰影があるものの同陰影は骨との重なりも考慮に入れなければならない解剖学的に読影の難しい位置でもあり、当該陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がないとは言えず、読影医師によって判断に差異が生ずる余地がないともいえない。

したがって、本件で読影に関する過失は認められない。

なお、滝沢鑑定は、平成元年フィルムには左上肺野に明らかな孤立性陰影が認められ、比較読影を行うか要再検と判断すべきであったとする。

しかしながら、甲第一二号証の三からは、必ずしも平成元年フィルムに認められる陰影が明らかな孤立陰影であるとまでは認めることはできない。

そのうえ、本件のレントゲンフィルムの鑑定では、集団検診における場合と異なり、読影前から鑑定するフィルムに肺癌が疑われる陰影が写っていることが解っており、昭和六一年、昭和六三年、平成元年の三枚のレントゲンフィルムを同時に比較して見ることもでき、鑑定対象のフィルム以外のフィルムを見る必要がなく、読影枚数が三枚に限定されて時間をかけてこれらのフィルムだけを見ることができる条件にあったのである。

これに対して、Y読影担当医師らが行った集団検診におけるフィルム読影においては、前述のようなさまざまな制約下で行われることを考慮すれば、鑑定の場合とは読影において指摘できる異常陰影の程度に自ずと差異があるというほかはないから、滝沢鑑定中、右陰影から直ちに比較読影を行うか要再検と判断すべきであったとする部分についてはにわかに採用できない。

4.医療事業部 弁護士による解説

本裁判例は、集団検診におけるレントゲンフィルム読影担当医師の注意義務について基準を明らかにした点で今後の実務に関して大いに参考となる。

しかし、そこで示された基準は、当該陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がなく、これを異常と認めるべきことにつき読影する医師によって判断に差異が生ずる余地がないものに限って、異常陰影として比較読影に回し、再読影して再検査に付するかどうかを検討すべき注意義務があるというものであり、個別検診の場合と大きく異なっている。

この基準について、集団検診の特殊性(時間的・経済的制約など)から、その当否についてはともかくとしても、個別検診の場合と大きく異なっていることが一般の方々に周知されているとは言えないため、集団検診がこの程度の注意義務が課された検査であるということについて一般に周知を図る必要があろう。

また、本件で問題とされた平成元年フィルムの異常陰影について、裁判所は、

「集団検診におけるフィルム読影においては、前述のようなさまざまな制約下で行われることを考慮すれば、鑑定の場合とは読影において指摘できる異常陰影の程度に自ずと差異があるというほかはない」

とし、平成元年フィルムには直ちに比較読影を行うか要再検と判断すべき異常陰影があるという鑑定意見を退けている。

平成元年フィルムに必ずしも明らかな異常陰影があるとは言えないという認定を前提とし、鑑定においては読影前から鑑定するフィルムに肺癌が疑われる陰影が写っていることが解っていること、読影枚数が三枚に限定されて時間をかけてこれらのフィルムだけを見ることができることから、鑑定時には集団検診と同じ条件であれば明らかな孤立陰影とはみなせないとした。

このような判示からすれば、集団検診時における読影の過失は、鑑定で事後的に立証することは非常に困難であるといわざるを得ない。

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