【裁判例】事故調査報告書の提出命令 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.2 事故調査報告書の提出命令(東京高裁平成15年7月15日)

1.事案の概要

(1)Aの死亡事故の発生

A(被害者)は、平成12年8月23日、Y大学病院で、右顎下部腫瘍の摘出手術を受け、術後の病理組織検査により、上記腫瘍は滑膜肉腫であり、再発の危険性がかなりあるという検査結果が出た。

滑膜肉腫は、四肢大関節近傍に好発する悪性軟部腫瘍であり、頭頸部領域に発生することはまれで、予後不良の傾向が高く、多くは肺に転移して死に至る難病であり、確立された治療方法はなかった。

その後、Aは、9月25日から再入院することとなり、VAC療法(横紋筋肉腫に対する効果的な化学療法と認められているもので、硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの3剤を投与するもの)を実施することになった。

担当医は、Y大学の図書館で文献を調べ、整形外科の軟部腫瘍等に関する文献中にVAC療法のプロトコール(薬剤投与計画書)を見付けたが、そこに記載された「week」の文字を見落とし、週単位で記載されているのを日単位と間違え、硫酸ビンクリスチン2mgを12日間連日投与することを示しているものと誤解した(なお、本剤の過量投与により、重篤又は致死的な結果をもたらすとの報告があるとされていた。)。

9月27日から10月3日までの7日間、Aに硫酸ビンクリスチン2mgが連日投与され、歩行時にふらつき等の症状が生じ、起き上がれない、全身けん怠感、関節痛、手指のしびれ、口腔内痛、咽頭痛、摂食不良、顔色不良等が見られ、硫酸ビンクリスチンの投与は一時中止された。

その後、Y大学の医師らが担当医の参考にしたプロトコールを再検討した結果、週単位を日単位と間違えて硫酸ビンクリスチンを過剰に投与していたことが判明した。

Aは、10月7日、硫酸ビンクリスチンの過剰投与による多臓器不全により死亡した(以下、「本件医療事故」という。)。

(2)医療事故調査報告書が作成されるに至った経緯等

本件医療事故について、Y大学は、本件医療事故自体の原因究明とその防止対策、本件医療事故からの教訓と事故再発防止策の提言について検討すること、並びに本件医療事故についての学内での懲戒処分の必要性の有無の資料を得ることを目的として、Y大学総合医療センター医療事故調査委員会(以下、「本件委員会」という。)を発足させた。

本件委員会は、Y大学病院耳鼻咽喉科の医師・看護婦、抗癌剤に関する専門医・薬剤部長など合計17名から、本件医療事故の個別的事情とY大学病院の医療、薬剤、一般管理事務、緊急時事故対応の各システムないしその実情の聴取を行った。

その後、本件委員会は、上記聴取の結果をふまえて、本件医療事故の発生原因等と医療事故防止対策と今後への提言を取り纏めて本件医療事故に関する「〇〇医科大学総合医療センター医療事故経過報告書」と題する調査報告書(以下、「本件報告書」という。)を作成し、それを、本件事故関係者に対するY大学の雇用契約上の懲戒処分のための報告資料として、Y大学の賞罰委員会委員長に提出した。

そして、本件報告書の目的の一つである今後の医療事故防止対策に資するためと、本件医療事故の原因等の報告のために、Y大学の病院長は、本件報告書の本件委員会の報告及び提言部分に基づき本件要約書を作成し、埼玉県に提出すると共に、Xらにも交付した。

(3)損害賠償請求訴訟の提起及び文書提出命令の申立て

Xら(Aの相続人及び親族)は、本件医療過誤について、主治医その他治療に関係した耳鼻咽喉科所属の医師ら、並びに病院管理者らにも責任があるとし、また、その死因を隠蔽する行為があったとして、本件医療事故による損害賠償及び固有の慰謝料等を、上記医師ら個人とY大学に対して求めて損害賠償訴訟を提起した。

Xらは、Yらの責任を立証するため本件報告書について文書提出命令の申立てをした。

2.法的知識

(1)文書提出命令の申立て

・民事訴訟の当事者は、訴訟の相手方や第三者に対して、文書の提出をするよう裁判所に申し立てることができる。

そして、この申立てに基づいて裁判所は、相手方や第三者に当該文書の提出義務があるかを判断する。

(2)文書の提出義務の一般義務化

・民訴法220条4号では、原則として文書の提出が一般義務化されており、4号イ~ホに掲げられた文書については提出義務を免れるとされ、およそ外部の者に開示を予定していない文書であって、それが開示されると所持者に不利益・支障をきたすなどするものについては、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己使用文書)として提出義務を免れることとなる。

・自己使用文書の範囲に関して、例えば、銀行の貸出稟議書の提出義務が問題となった最高裁決定平成11・11・12は、貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、自己使用文書にあたると解すべきとして、基本的に文書の開示を認めていない。

3.判例の要旨

本件報告書は、本件医療事故を契機に、事故を防止する観点からいかなる点に留意し、いかなるチェック機能を働かせるかというY大学の内部改善のために使用することが予定されていると見るべきもので、内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することは予定されていない文書に該当する。

そこで、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるか否かにつき検討する。

まず、本件事情聴取部分は、本件報告書作成のための調査過程において作成され、報告をとりまとめるための主要な資料とされたものである。

その聴取に際し、被聴取者は、自己が刑事訴追を受けるおそれがある事項の質問に際しても、黙秘権その他の防御権を告知されることなく事情聴取され、その結果が概ね逐一記載されている。

また、本件報告提言部分との関連においてみれば、事実経過をまとめるため調査の過程で収集された資料であり、そこでは忌憚のない意見や批判もみられるから、これを開示することにより、団体などの自由な意思形成が阻害されるなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められ、法220条4号ニの除外文書に当たる。

他方、本件報告提言部分については、本件委員会が、上記の各資料をもとに確定できる限度で客観的な事実経過をまとめ、上記の視点から、問題点、課題、事故防止対策等をこれも第三者の視点に立って評価した結果を加えたものである。

本件報告提言部分は、客観的な事実経過を前提とし、本件委員会の議論を経て、同委員会としての最終的な報告、提言を記載したものであり、そこにはこの間にされたであろう提言に係る議論など委員会内部の意思形成の過程やそこでの意見などが記載された箇所は存在せず、また、本件医療事故に関する一回限りの報告で、この報告書の作成をもって同委員会の役割は終了していることも窺える。

そして、本件報告提言部分に基づく医療事故経過報告要旨が作成され、埼玉県に提出され、また、遺族であるXらにも交付されており、一部公表も考えられていたものである。

この報告提言部分は、Yら以外に開示されたとしても、その開示により、団体などの自由な意思形成が阻害されるなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるものとまでは認め難く、法220条4号ニの除外文書に該当しない。

4.医療事業部 弁護士による解説

医療事故が発生した場合、医療事故の原因究明・再発防止と被害者や被害者の家族の損害の回復が重要となる。

本件のように、医療事故が発生した場合、医療機関の内部で個別に調査委員会等が発足し、医療システム・体制の改善、再発防止等を目的として医療事故調査・経過報告書が作成されることがある。

これらの医療事故情報の開示に関して、医療事故情報は、たしかに、個人責任を追及するというよりは、組織内部のチェック体制の観点から事故の原因を究明し、同様の医療事故が再発しないように防止を図るという目的があり、関係者の事情聴取に関する文書の開示を認めると関係者が自由に発言できなくなる可能性があり、事情聴取の部分について一般的に提出義務を課すことは妥当ではないようにも思える。

しかし、事情聴取の部分についても、医療機関側の情報の独占が許されるべきものではなく、被害者側としては、医療事故の経過や事故発生後の医療機関の対応などを知ることができる重要な文書であり、報告提言の部分だけを見てもはっきりせず、報告提言の部分をきちんと理解するには事情聴取部分も開示される必要があり、本件報告書全体が自己使用文書にあたらないとすることも考えられてもよいのではないか。

本件報告書については、個別具体的な判断がなされているが、このような医療事故報告書について統一的な開示の運用がされることが期待される。

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