【裁判例】余命と慰謝料 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.3 余命と慰謝料(東京地裁平成18年11月22日)

1.事案の概要

本件は、当時71歳の女性Aが、病床数24床の本件病院において、大腸癌の切除手術を受けたところ、約7ヵ月後に転院先の病院で死亡したことについて、本件病院担当医には早期にカテーテル感染症を疑ってカテーテルを抜去すべき義務を怠った過失があるとして、Aの夫X1及び子X2が、債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償請求した事案である。

<時系列>(以下、平成13年の事実を列挙する)

4/24

Aが足もとのふらつき、頭痛を訴えて本件病院を受診。脳に腫瘍及び梗塞が認められ、Y病院に入院。入院後、脳腫瘍は大腸ガンの転移と判明(ステージⅣ)。

5/2

担当医はAが腸閉塞直前の状態であると診断し、絶食を指示して、Aの右鎖骨下に中心静脈カテーテル(IVHカテーテル)を挿入・留置し、高カロリー輸液を実施。

5/8~9

Aが脳腫瘍の手術を別の病院で受け、本件病院に帰院。

5/12

担当医が術後1週間~10日で食事等が可能で、術後1~2か月で退院可能と説明。

5/22

Y病院で大腸癌の摘出手術(低位前方切除術)が実施(手術自体に問題はなかった)。

5/30

術後7日目まで経過に特に異常はなし。

翌8日目の30日朝にAが約1ヵ月ぶりに経口摂取した後、午後4時頃38.7℃の熱を発し「胸がえらい」と訴えた。

発熱に対し解熱剤が投与され、午後8時頃には37℃となった。

担当医は、縫合不全を疑うも異常所見はみられず、発熱の原因を探るべく採血及び採尿を指示。CRPは2.99㎎/dl。

5/31

朝、Aに38.3℃の発熱、解熱剤が投与されたが30分後に非常に強い腹痛を訴える。

ドレーンからの排出液に異常はなかった。

午後4時頃にも38.8℃の発熱、解熱剤が投与された。

午後7時頃、IVHカテーテルの滴下不良のためIVHセットを交換。

6/1

正午、Aに38.7℃の発熱。

午後4時頃、再度IVHカテーテルからの滴下不良が見られ、末梢静脈からの点滴も開始。

尿量は5/30時の10分の1に低下、血圧も85/50に低下し、末梢から血管作動薬の投与を開始。

午後9時頃、再度IVHカテーテルの滴下不良が生じ側管から生理食塩水等を一気に注入して管を通す処置(フラッシュ)を行うも改善は見られず。

担当医は、翌日にIVHカテーテルを入れ替えることとしてそのまま留置。

Aに発熱はなかったが不整脈があり、苦しいと訴えていた。

6/2

早朝、再度IVHカテーテルにフラッシュを行うも、滴下不良は改善されず、IVHカテーテルルートを入れ替え。

抜去したカテーテルの先端からカンジダ菌が検出されたが、報告は6月4日以降にされた。

Aの尿量が再度減量、午後3時頃に不整脈・頻脈が生じ、Aの呼吸は深大性となり頻脈・不整脈が見られ、脈拍140台まで上昇。

6/3

午後3時頃に39.7℃の発熱があり、導尿している管内に膿様のものが付着、膀胱洗浄が行われる。

午後9時頃、IVHカテーテルを抜去し、末梢からの点滴を行った。

この頃、Aは無尿となり、バルーンカテーテルに膿様のものが付着、再度膀胱洗浄。

担当医は、午後11時頃、腎不全及び心不全と診断し、Y病院で治療不可能と判断し、救急車で他の病院に転院した。

転院時、Aは意識がなく、転院先では敗血症性ショックとこれによる急性腎不全及び心不全と診断、ICUで治療開始。CRPは25.1㎎/dl。

6/22~7/10

Aに下血が認められ、7/3まで継続。その後、全身状態が徐々に改善。

10/12

流動食を開始したが、腎不全に対する透析を継続するため、さらに転院。

11/21

下血が見られる。

S状結腸カメラ検査にて肛門付近に約2cmの腫瘍があり、そこからの出血と判明。

内視鏡的粘膜切除術を行い、腫瘍を切除。

生検の結果、がん細胞が認められ、断端が陽性であると診断。

その後も下血が継続して見られる。

12/17~19

Aの血圧は低下し、39℃台の発熱が見られ、昏睡状態に近い状態となり、12/19 Aが死亡。

病理解剖が行われ、死亡に関係する原因として、直腸癌切除後再発とそのリンパ節転移、敗血症、心不全等が挙げられ、直接死因として、経過中のIVH感染による敗血症とそれに続発する腎不全、心不全が考えられるとされた。

2.医学的知見

(1)大腸癌の進行度(ステージ分類)

0期:癌が粘膜にとどまるもの

Ⅰ期:癌が大腸壁にとどまるもの

Ⅱ期:癌が大腸壁を超えているが隣接臓器に及んでいないもの

Ⅲ期:リンパ節転移のあるもの

Ⅳ期:腹膜、肺などへの遠隔転移のあるもの

とステージ分類される。

(2)カテーテル感染症

・発生機序としては、血管カテーテルが生体にとって異物であるため、その周囲に血栓やフィブリンが付着することになり、これが細菌の培地となるとされる。

・主症状は発熱で、突然の高熱で発症し、一般的に発熱以外の症状に乏しい。

・確定診断には、血液培養による検査が必要とされるが、カテーテルを留置中にほかに明らかな感染病巣がなく、悪寒や戦慄を伴う弛張熱(一日の体温差が1℃以上)を呈したり、突然に39℃以上の高熱となった場合には、カテーテル感染症を疑うとされる。

・カテーテル感染症に対する措置は、まず、カテーテルを抜去することであり、カテーテル感染症を疑った場合には、原則として、速やかにカテーテルを抜去するとされており、抜去のみで改善し治癒することもある。

抜去のみで改善するのは、生体にとって異物であるカテーテルが抜去されることによって、感染源がなくなることによるとされる。

(3)縫合不全

・大腸癌切除手術の術後合併症の一つとして、縫合不全がある。初期の病態は、消化管外に漏れた局所の炎症と膿瘍形成により、38℃以上の弛張熱が見られ、圧痛が認められる。

・縫合不全の所見としては、疼痛・圧痛等の腹膜刺激症状、発熱・頻脈、呼吸逼迫、ドレーンからの排出液量の増加、汚色、腐敗臭等がある。

3.判例の要旨

本判決は、要旨以下のとおり判示して、請求を一部認容した。

①過失については、長期間のIVHカテーテルの留置は感染の危険性があること、Aが臨床病期Ⅳ期の癌患者で免疫抑制状態による易感染状態にあったことからカテーテル感染等の感染症について留意すべきであったこと、5/30以降の発熱はカテーテル感染を疑わせる所見であること、5/31以降のIVHルートの滴下不良はカテーテル感染を強く疑わせる所見であること等からすれば、5/31にIVHルートの滴下不良が見られた時点で、IVHカテーテルを早期に抜去すべき義務があり、担当医はそれを怠ったと認定した。

②Aの死因、死因と義務違反との因果関係について、Y病院入院時に敗血症性ショックないしプレショックの状態に陥ったとした上、それ以降、感染を示すCRPの値が継続して異常値を示していたこと、病理解剖においても感染症の続発が裏付けられること等から、Aが死亡に至るまで、Y病院で発症したカテーテル感染を原因とする敗血症の影響から脱却できず、全身状態が低下した中で、再発腫瘍切除術後に下血が継続したことで、Aは、術後に全身状態が急激に悪化して死亡するに至ったと認定した。

そして、Aの大腸癌は脳転移を来したかなり進行した癌で、Aの生命予後が極めて短いものと予想されることからして、感染症に起因する腎不全等がなくても、下血の継続によりAは早晩死亡するに至ったとは認められる。

しかし、全身状態の低下がなければその経過はより緩慢なものとなり、死期もまたより遅くなったと認めるのが相当であり、カテーテル感染を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全は、Aの死期を早めたものと認められる。

その上で、敗血症性ショックになっていない段階でカテーテルを抜去していれば、感染症が治癒するか症状の進展はより緩徐なものとなり、その後の経過はAが現実に辿った経過よりも良好であり、現実の死亡時点になお生存していた高度の蓋然性が認められるとした。

③損害額について、Aの病状からして、仮に仕事に復帰できたとしても、確実に収入を上げられる程度の活動をし得たか否かは不明として、逸失利益を損害として認めなかった。

また、Aの予後については厳しいものと予想されていたことから、葬儀費用も損害として認めなかった。

これに対し、Aは敗血症性ショックに陥って以降、入院を継続しており、その間意思表示ができず、家族とも十分にコミュニケーションがとれない状態であり、平穏な日常生活に復帰し得たこととの差異は大きく、若干にせよ死期が早まったことを考え合わせると、Aの精神的損害は大きいとして、精神的苦痛に対する慰謝料として、1200万円を認めた。

4.医療事業部 弁護士による解説

本件では、AがステージⅣの大腸癌を有する患者であったことから、担当医の不作為とAの死亡との因果関係の存否が争点の一つとなっている。

これに関して、最判平11.2.25は、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきとしている。

本判決は、もともとAの予後が厳しいことを前提としつつも、担当医の過失がなければ、Aが現実の死亡時点よりもなお生存し得たとして、担当医の過失と、死亡結果との因果関係を肯定し、QOLの改善という手術の目的を果たせなかったことも考慮して、慰謝料を算定した。

なお、過失に関して、担当医は、縫合不全を疑い、縫合不全の治療として高カロリー輸液が必要であるとしてIVHカテーテルを抜去しなかったと主張しているが、裁判所は、ドレーンからの排出液が一貫してきれいであって縫合不全に矛盾する所見が見られたことなどから、むしろ、IVH滴下不良というカテーテル感染症を疑うべきと判断している。

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