【裁判例】禁忌と医師の過失 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.4 禁忌と医師の過失(大阪地裁平成21年5月18日)

1.事案の概要

患者をXとし、被告病院をYとする。

<時系列>平成11年8月9日

Xは、慢性腎不全、狭心症、高脂血症、糖尿病等の持病を有しており、平成10年6月以降、Yに入通院していたところ、胸の痛みを訴え、午前中にYの外来診療を受け、一度帰宅したが、胸の痛みに加えて気分が悪くなったので、同日午後8時20分ころ、再度Yを受診した。

午後8時30分頃

Xは、アタラックスP及びアダラートの投与を受け症状軽快

午後9時30分頃

X経過観察を目的としてYに入院

午後10時50分頃

Xから胸痛の訴えがあり、担当医がニトロペンを投与

午後11時35分頃

Xの胸痛が持続したためアタラックスP投与

午後11時45分頃

Xの胸痛が持続したためニトロペン投与

<時系列>同月10日

午前0時35分頃

Xより「何とかして」との訴えがあり、不穏状態のためセレネース及びアキネトン各5mg筋肉内注射

午前2時20分頃

Xに再度胸痛が出現したためニトロペン投与

午前3時5分頃

Xの胸痛が継続したためニトロペン投与。内科当直医に心電図を診察してもらう為にXに対し心電図検査が試みられたが、Xの体動が激しいため実施できなかった。

午前4時10分頃

Xが不穏状態となったためアタラックスP25mg筋肉内注射

午前4時20分頃

X喘鳴あり。SpO2(動脈血飽和度)が82%であったため、メプチン吸入が開始。再度セレネース及びアキネトン各5mg筋肉内注射。

午前4時30分頃

喘鳴はメプチン吸入で軽減したが、意識状態が低下したため、直ちにメプチン吸入中止。

午前4時40分頃

X容態急変し、心停止。気管内挿管実施。心マッサージ等による心肺蘇生術施行

午前4時55分頃

ボスミン1アンプルを生理食塩水5mlで希釈して挿管チューブに注入

午前5時前後頃

Yから遺族らに対し、Xの容態が急変したことの電話連絡。

午前6時20分

Xに対しボスミン1アンプルが挿管チューブに注入。

午前6時25分

Xに対しボスミン1アンプルが挿管チューブに注入。

午前7時2分

X死亡確認。なお、遺族の希望からXの遺体解剖はされなかった。

2.医学的知見

(1)セレネース(一般名・ハロペリドール)

ブチロフェノン系の精神安定剤。

添付文書には、「用法・用量」として「急激な精神運動興奮等で緊急を要する場合に用いる。

ハロペリドールとして、通常成人1回5mg(1ml)を1日1~2回筋肉内または静脈内注射する。

なお、年齢、症状により適宜増減する。」と記載されており、「重大な副作用」欄には呼吸困難の記載はないが、「その他の副作用」の欄に、頻度不明として「呼吸困難」が挙げられており、「注」として「観察を十分に行い、異常が認められた場合には、投与を中止し、適切な処置を行うこと」と記載されている。

なお、平成20年作成のセレネースの医薬品インタビューフォームでは、「呼吸困難」は頻度「5%未満」の欄に記載されている。

(2)アキネトン(一般名:ビペリデン)

抗パーキンソン剤であり、向精神薬投与によるパーキンソニズム等に対する効用がある。

添付文書の「用法・用量」欄には、

「通常成人5~10mg(1~2ml)を筋肉内注射する。なお、年齢、症状により適宜増減する。」と、「重大な副作用」及び「その他の副作用」欄には呼吸困難との記載はないが、過量投与した場合には、「口渇、体温上昇、頻脈、不整脈、尿閉、興奮、幻覚、妄想、錯乱、痙れん、呼吸抑制等があらわれることがある」と記載されている。

(3)ボスミン(一般名:アドレナリン)

心停止の補助治療等として用いられており、一般的に救急蘇生において汎用されている。

添付文書には、禁忌について次の記載がある。

「禁忌(次の患者には投与しないこと) 1 次の薬剤を投与中の患者(1)ハロタン等のハロゲン含有吸入麻酔薬、(2)ブチロヘェノン系・フェノチアジン系等の抗精神病薬、α遮断薬、(3)イソプロテレノール等のカテコールアミン製剤、アドレナリン作動薬(ただし、蘇生等の緊急時はこの限りでない。)」。

ボスミン(アドレナリン)がセレネース等のブチロヘェノン系の抗精神病薬と禁忌とされている理由としては、ブチロヘェノン系薬剤は、ボスミンの昇圧作用に拮抗するので、ときに逆転現象が起こり、血圧低下が増強される可能性があるためである。

すなわち、ボスミンは、アドレナリン作動性α、β受容体の刺激剤であるが、ブチロヘェノン系薬剤はα受容体遮断作用があるため、両剤を併用すると、β受容体刺激作用が優位となり、血圧降下作用が増強される可能性があるためである。

3.判例要旨

(1)セレネース及びアキネトンの複合投与について

Yにおいて、Xに投与されたセレネース及びアキネトン各5mgの総量は添付文書に記載された範囲内にとどまっている。

また同薬の副作用を考えると、1日2回使用する場合に5~6時間間隔をあけることが望ましかったとはいえるが、Xが午前4時10分ころには不穏状態となっていたことなどを考慮すると、約4時間後にセレネース及びアキネトン各5mgを再度投与したことをもって医師に過失があるということはできない。

また、セレネース・アキネトンの使用によって呼吸困難な症状が出る可能性が高いとはいえない。

他方、もともとXにはニトロペンも無効なほど激しい胸痛をもたらしていた心不全があり、喘息発作等によって呼吸困難になった可能性なども否定できない。

したがって、Xに対しセレネース及びアキネトンを2回にわたり使用したことについて医師に過失があったということはできず、Xに呼吸困難の症状が現れたことがセレネースやアキネトンの投与によるものと認めることもできない。

(2)ボスミンとセレネースが併用禁忌であると添付文書に記されている点について

ボスミンの添付文書には、前記した通り、ブチロフェノン系の抗精神薬との併用が禁忌とされている。

同添付文書には「蘇生などの緊急時はこの限りでない」との但書があるが、これはイソプロテレノールなどのカテコールアミン製剤、アドレナリン作動薬との併用にのみかかるものであり、ブチロフェノン系の抗精神薬との併用は変わらず禁忌である。

そのため、禁忌に反し、セレネースとボスミンを併用した医師の過失を推認できるようにみえる。

しかし、心肺停止という緊急の状態に陥った場合には、蘇生するために有益と考えられるできる限りの措置を講じることが医師に求められているのであり、本件ボスミンの投与は、既に十数分間、Xの心肺停止状態が続いており、不可逆的な脳障害が発生していてもやむを得ないという段階以降においてされたものであり、そのまま心マッサージを続けても回復する見込みがない状況下において、心停止の回復を期待し、心停止の回復に強力な効果を有するとされるボスミンを、禁忌ではあるが投与したことをもって、医師に過失があるということはできない(そのまま何らの薬剤も投与しなければ過失はなく、何とか救命することを考えて蘇生効果は強いが禁忌である薬剤を投与すると過失があるというのは相当ではない。)。

4.医療事業部 弁護士による解説

医薬品の添付文書に関しては、本連載の第2回目(医療慣行)で取り上げた平成8年1月23日判例において、

「医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」

とされている。

この判断枠組みからは、本件のように添付文書で併用が禁忌とされている薬剤を併用した場合には、特段の合理的理由がない限り、医師に過失があると推定される。

本件においては、ボスミンとセレネースは併用禁忌ではあるものの、Xの蘇生段階において、心停止の回復に強力な効果を有する薬剤(ボスミン)の投与であったという事情(特段の合理的理由)が考慮され、医師に過失があるとはいえないとの判決となった。

しかし、そもそもボスミンとセレネースが併用禁忌とされている理由は、前記した通り、血圧降下作用が増強される可能性があるためであり、少なくともセレネースとの併用時においては、ボスミンが心停止の回復に強力な効果を有するとは言えないのではないかとの疑問が残る。

この点について、裁判所は、なお書きで、

「ボスミンがセレネース等のブチロヘェノン系抗精神病薬と禁忌とされているのはボスミンの化学的性状を下に判断しているからであって、ボスミン投与が禁忌であることを示すエビデンスがあるというわけではないとの見解が公式なものではないが製薬会社から示されていること、心肺停止状態におけるボスミンの使用については、より積極的に使用できるように添付文書を改訂すべきであるという見解も存することは、前記認定のとおりである。」

と述べており、恐らく、裁判所としては、ボスミンとセレネースが禁忌とされている理由に、そのような科学的性状があったとしても、それが実証されているわけではないため(人道的理由から当然であるが。)、本件においてもボスミンの投与は心停止の回復に有効性があると考えたのではないかとみられる。

これらの事情も踏まえると、本件の判断枠組み自体や、生命という最も守られるべき法益を守るために有効な薬剤の投与を過失ありとはいえないとした判断は妥当であるが、それがボスミンとセレネースの併用の場合にも該当するのかには疑問なしとしない。

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