【裁判例】軽井沢病院事件 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.6 軽井沢病院事件(東京地裁平成18年7月26日)

1.事案の概要

被害者をA、夫をX1、子をX2、実母をX3とし、Aが帝王切開を受けた病院を本件病院、担当医をY1、病院を設置した町をY2とする。

本件は、Aが、平成15年10月4日、Y2が設置運営する本件病院において帝王切開によりX2を出産した後、頻呼吸となるなど容体が急変して翌日未明に死亡したことについて、Xらが、Y1の腹腔内出血の発見及び治療が遅れた過失等によりAが死亡したものであるとして、不法行為及び使用者責任に基づく損害賠償を求めた事案である。

<時系列>(以下、平成15年の事実を列挙する)

1月20日

Aが本件病院産婦人科を受診し、Y1から妊娠の診断を受ける。

9月24日

Aが妊娠41週に入り入院して分娩を誘発することとしAが本件病院に入院。

10月1日

分娩誘発が開始(血圧は収縮期血圧120、拡張期血圧62、心拍数は95)。

同月3日

Y1は、当時69歳であり、Aの入院が長期化するにつれ、自らも疲労が重なり、人的物的に充実した他院へ転院することも考えたが、決断には至らず。

<時系列>(以下、同月4日の事実を列挙する)

15時~16時頃

Aが痛みのためいきめず、Y1は分娩停止し帝王切開術の施工を決定。

17時17分頃

Y1の執刀によりAについて帝王切開術の開始。

17時24分頃

胎児を娩出し、胎盤を用手剥離して娩出した後、子宮術創を縫合。

縫合部位を触診したが、縫合不全は認めず。

看護師が術中に針が不足している旨指摘、Aの腹腔内を検索したが、腹腔内出血なく、子宮後壁に異常はなし。

術直前に昇圧剤エフェドリンが投与されたが、術中に4度にわたって収縮期血圧が130を下回り、3度エフェドリンが投与されて血圧が回復。

18時18分頃

帝王切開術終了。出血量は1296ml。手術直後は、収縮期血圧111、拡張期血圧56、心拍数120。

Aは術後、胸が苦しいと訴え、術前に比べぼんやりした感じで、やや頻呼吸状態であった。

19時頃

Aに頻呼吸が見られ、血液ガス検査の結果、過換気状態であると診断された。

19時15分頃

収縮期血圧98、拡張期血圧58、心拍数132の頻呼吸の状態。

19時30分頃

低血圧・頻脈があるため、術後点滴3本を終了させて様子を見て、尿量が少ないようならソルラクトS500mlを追加するよう指示してY1帰宅。

19時45分頃

Aの収縮期血圧76、拡張期血圧49、心拍数144、尿量5ないし15ml。

21時20分

Aの心拍数が150ないし160台、頻呼吸状態が改善されないため、看護師がY1に連絡したところ、Y1は激しい運動後の呼吸促迫、興奮状態が生じているものと判断し、精神安定剤セルシンの投与を指示した。

21時45分頃

Aの心拍数は172となり、体動が激しく血圧測定ができず。

22時10分頃

Aの心拍数が180台、呼吸は不規則で回数が減少、呼びかけても反応がなく、血圧が測定できず、瞳孔も散大、対光反射がみられず、顔面蒼白状態。

22時18分頃

Y1と別の医師が診察し、心臓マッサージが開始されるも、心肺停止状態。

22時24分

Y1が来棟して、Aの救命を行ったが、Aの状態は改善しなかった。

同年10月5日2時51分

Aの死亡が確認。

訴訟提起前に、Aが死亡した件について、Y2がX1及びX2に対して賠償金等の仮払いとして300万円の支払義務があること等の合意をし、当該合意に基づく賠償金の支払いがあった。

また、Y2からさらに和解金6688万円の提示があるも、合意に至らず。

2.医学的知見

(1)収縮期血圧と拡張期血圧

・血圧は、血液が血管の壁(血管壁)をおす力を示し、血圧を決める要因として、心臓から拍出される血液量(心拍出量)と末梢血管での血液の流れにくさ(末梢血管抵抗)とがある。

・心臓が収縮しているときは心臓から血液が送り出されており、心臓にたまった血液が一度に血管へ送り出されるため、血液が血管をおす圧力が高まり、血圧は高くなる(収縮期血圧)。

・心臓が拡張しているときは心臓の中に血液が多く流れ込んでおり、各血管に分布する血液量は減少しているため、血液が血管をおす圧力も低くなり、血圧は低くなる(拡張期血圧)。

(2)出血性ショック

・外傷等の出血により、循環する血液が減少すると、体はなんとか正常の状態を保とうとして、心臓を大きくしたり、心拍数を増やしたりして、血圧を維持しようとする(代償作用)。

しかし、それが出血に追いつかないと頻脈となっても正常な血圧を維持できず、血圧の低下をもたらす。

また、循環血液量の不足により、腎臓に十分な血液量がいきわたらなくなることで、乏尿・無尿となるとされる。

・一般的に90mmhg以下で出血性ショックが生じるとされる(本件では遅くとも19時45分ころ)。

3.判例の要旨

(1)腹腔内出血の発見及び治療が遅れた過失について

Aの収縮期/拡張期血圧が術前には120/62であったが、術後には収縮期血圧が100未満、拡張期血圧も60未満で、拡張期血圧が低下傾向を示し、脈拍数も術後には一貫して100以上の頻脈であるばかりか140台から上昇傾向で、尿量も減少していた。

したがって、腹腔内出血を疑うべき所見がみられ、Aは術後から意識朦朧としており、医師には、何らかの異常を疑い、腹腔内出血の可能性も含めその原因を検索検討すべき注意義務があった。

しかし、Y1の点滴の指示を最後に約3時間にわたって診察がされず、21時45分にY1に対して報告がされたものの、Y1はセルシンの筋肉注射を指示したにとどまる。

本訴提起前から相当高額の和解金を提示したYらの態度にも鑑みると、Y1にはAの異常状態について腹腔内出血を含めて検索検討すべき注意義務に反した過失がある。

(2)損害額(特に慰謝料)について

Aは、帝王切開術によりX2を出産したわずか約9時間後に亡くなり、母親として第一子を十分に抱くこともできなかったばかりか、開業間もないペットシッター業を営みながら育児に励むという希望に満ちた人生を突然に断たれた。

X1は、第一子の誕生という夫婦にとって無上の幸福ともいうべき事態であったのに、Aの死亡により一転して生後間もない赤子を母親なしに養育しなければならず、X2は、出生直後に実母を失った。

X3は、一人娘でしかも3歳の時から独力で育ててきたAを失うこととなった。

A及びXら3名の受けた精神的苦痛はあまりに大きく、Aの死亡慰謝料及び原告らの有する固有の慰謝料については、合計で2700万円とするのが相当である。

上記合計金額は、交通事故等による死亡者がAと年齢及び生活状況等を同じくする女性である場合に通常支払われる慰謝料総額を300万円程度上回るものであるところ、交通事故においては、事故以前に当事者間に何ら法律関係がないのが通常であるのに対し、医療事故の場合は、患者と医師の間に契約関係が存在し、患者は医師を信頼して身を委ね、身体に対する侵襲を甘んじて受け入れているのであるから、医師の注意義務違反によって患者の生命身体が損なわれたとき、患者には損害の客観的態様に基づく精神的苦痛に加えて、医師に対する信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生ずるものと考えられる。

したがって、医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては、患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなる場合もあり得るというべきである。

4.医療事業部 弁護士による解説

本件では特に慰謝料について特筆すべき判断を下している。

具体的には、Aの死亡慰謝料が交通事故等による場合に通常支払われる慰謝料総額を300万円程度上回る点につき、医療事故の場合は、患者と医師の間の契約関係をもとに、医師の注意義務違反によって患者の生命身体が損なわれたとき、患者には損害の客観的態様に基づく精神的苦痛に加え、医師に対する信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生ずるとして、医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては、患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなる場合もあり得る、とする点である。

慰謝料については、諸般の事情を考慮して裁判官が裁量により算定するが、特に交通事故の分野を中心に、いわゆる赤い本等をもとに、損害額の定額化、算定基準に基づく賠償額の算定が進められ、個々の裁判官の個人差を排し公平性をもたらそうとしている。

しかし、交通事故においても、加害者の過失の内容・程度、被害者側の受けた損害の内容や程度によって、被害者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が通常の交通事故の場合よりも高額な場合となる場合もあり、具体的事案における慰謝料額は、当該事案における諸般の事情を総合考慮して判断すべき(本件控訴審(東京高判平成19年9月20日)参照)とされている。

慰謝料の算定にあたり定額化の傾向が見られるとしても、医療事件の場合には、医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては、慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなったと主張していくべきであると考える。

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