【裁判例】ルンバールショック事件 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.8 ルンバールショック事件(最高裁昭和50年10月24日)

1.事案の概要

(1)Xの入院時の病状(昭和30年9月)

6日10時頃

X(当時3歳)は、化膿性髄膜炎のために、Y(国)の経営する東京大学医学部付属病院小児科に入院。

以降、昏もう、傾眠状態になり、両側の目にれん縮、緊張性のけいれんが間隙なく襲来、項部強直、後弓反張が生じるなど、急激に臨床所見が悪化。

担当医から警戒が指示されるほど非常に重篤な状態。

(2)本件発作の直前(9月17日午前中)までの治療経過及び病状

7日1時40分頃

Xのけいれん消失。ただし、意識は昏毛状態にあり、高熱。

8日

意識は昏もう、項部硬直、ケルニッヒ徴候等髄膜炎の際にあらわれる症状がいずれも陽性で、右上肢の運動は不能等極めて重篤な状態。

もっとも、ルンバールでの大量のペニシリン等の使用により、症状は快方に向かう。

11日頃

意識が完全に鮮明となる。

13日頃

面会謝絶の解除、ただ、絶対安静は維持。

15日頃

顔つきもほとんど普段と変わりなく、一般状態も好転。毎日行っていたルンバールによるペニシリンの髄腔内注入を隔日に行うことに。

16日頃

熱も37度前後となり、髄液所見も軽快。

17日頃

本件発作が起こるまでは一般状態も良くなりつつあった。

(3)9月17日のルンバール実施の状況

12時30分頃

Xの昼食後、ルンバールが準備。Xは、ルンバールを嫌がり暴れたが、母親とお手伝い、看護師がXを押さえつけ、背中を突き出すような姿勢で固定して、ルンバールを実施。

何度か穿刺しなおして、13時頃ルンバールを終える。

(4)本件ルンバール実施後、発作が止まるまでの経緯

ルンバール実施から15分~20分後

Xが急に激しく嘔吐をはじめ3度もどす。

Xの容体は好転せず、そのうち顔色が赤くなったり青くなったり変色し始めて、眼を見開いたようになる。

15時頃

Xがけいれんを始める。

15時45分頃

Xは主に顔にれん縮様のけいれんが始まり、意識はほとんど混濁し顔色が非常に悪くなり、唇の色も紫色に。

時々ウォーウォーと怒鳴り、頭部・項部が硬直し、後弓反張様の症状を呈していた。

16時15分頃

けいれんの発作を止めるために投薬したため左上下肢のけいれんが止まる。

しかし、右半身のけいれんは依然として強固に続く。

17時40分頃

けいれんを止めるために麻酔剤等を注射したところ、けいれんは止まったが、副作用のため呼吸停止状態に陥る。

その後5分間人工呼吸が行われ、呼吸は回復したが、右半身のけいれん等も再開。

19時頃

呼吸補助機を使いながら強力な鎮痙剤を注射、けいれんの終息。

19時50分頃

不安定ながらもXが自発呼吸できるように。

担当医は、本件発作の原因として脳出血も考えられると判断しその対処も開始。

18日2時8分頃

呼吸補助機を外しても呼吸も平常に。以後けいれんもほとんど起こさないようになり、発作による症状は漸次快方に向かう。

ただし、発作に起因して、発語障害・運動障害などが新たに起こった。

9月19日にルンバールが実施され、細胞数は発作前と比較してやや好転。

2.医学的知見

(1)化膿性髄膜炎とは

・細菌性髄膜炎とも呼ばれ、細菌感染による髄膜炎の総称であり、結核性髄膜炎と区別される。

抗菌薬療法の発達した現代においても、発症すれば致死率は高く、また救命できても重篤な後遺症を残すことがある感染症とされる。

・臨床症状としては、発熱・頭痛・嘔吐などを示し、進行すると意識障害、けいれんなどがみられる。年齢が低いほど症状は非特異的である。

・一般血液生化学検査では、白血球数の増多が見られ、CRP値は高度の上昇を示す。

髄液検査では、髄液圧の上昇、多形核白血球からなる白血球数の増多、タンパク量の増加、糖量の減少などもみられる。

・臨床症状、髄液所見などから化膿性髄膜炎の疑いがある場合、全身状態が重篤な場合などには、細菌学的に確定診断がなされる前から抗菌薬療法を開始する必要があり、迅速な診断と適切な治療の早期開始がカギ。

(2)腰椎穿刺(いわゆるルンバール)

・脳脊髄液の性状検査、脳脊髄液圧の測定、腰椎麻酔などのために行われる。

・患者を側臥位とし、両膝を抱え込むようにして脊椎を丸く突き出させ、腰椎棘突起間を広げ、穿刺し硬膜を貫くと抵抗がなくなり、髄液を流出させる。

・腰椎穿刺後、頭痛、嘔吐を訴える患者がいるが、これは脳脊髄液が穿刺孔を通って硬膜外に流出するためとされる。

3.判例の要旨

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」

とした上で、Xの病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後15分ないし20分を経て突然に本件発作が生じたものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃するような特段の事情も認められないなどの事実関係のもとでは、他に特段の事情が認められない限り、経験則上、本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールによって発生したものというべく、Xの本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当である。

4.医療事業部 弁護士による解説

医療過誤訴訟においては、事実的因果関係として医師の過失行為と患者に生じた悪しき結果との因果の経過が問われるものであるが、これを検討するにあたっては医療分野の持つ特殊性が影響することが多い。

その特殊性とは、たとえば、①同種の疾病に罹患した患者に同種の医療行為を採ったとしても、患者の病状、身体・精神状況等によって様々な反応が起こりうること、②原因となりうる医療行為が複数存在しうるため原因行為の特定が困難な場合があり、原因となる医療行為を特定したとしても、それによって当該結果が生じたのかという結果との対応関係で特定するのが困難な場合があること、等が考えられる。

本件に即して考えると、①化膿性髄膜炎に対してルンバールによって抗生物質を注入することは治療上有効であるものの、Xがルンバールを嫌い抵抗して脳圧が上昇している中でルンバールが実施されたことが影響している可能性(ルンバールは髄液の採取、注入にあたり、脳圧に変動をきたすもので危険性もある)があること、②脳出血の原因として本件ルンバール以外の原因もありうるのであり、また、Xの後遺症(右半身麻痺、知能障害、言語障害等)は脳出血以外の原因もありうること(Yは、化膿性髄膜炎が再燃等を主張)がある。

もっとも、患者に起きた悪しき結果の法的責任が問われている場合、原因行為から結果までの因果の経過のメカニズムを現代の医学をもってしても完全に解明することは困難で、実際に法廷でこのようなメカニズムを解明しようとするものではない。

法律上の因果関係について、一点の疑義も許さない科学上の論理必然的な証明ではなく、自然科学的な証明を課すものではないことを明言する重要な判決であると思われる。

なお、過失については、差戻審(東京高判昭和54年4月16日)において、Xの意識が回復した後の昭和30年9月13日頃からは痛みに懲りて医師を恐れ嫌うようになり、医師に体をふれさせなかったりしていろいろな検査も困難であった状況下(ルンバールに対しては経過が順調で元気になるにつれてXは激しく抵抗していた)で、ルンバールの実施による脳圧の上昇、Xの血管の脆弱性等も考慮して、ルンバールの実施によるショックがXの脳出血の原因となることも十分予見し得たなどとして、Yの過失を肯定したことも参考になる。

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