【裁判例】医療水準 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

メニュー(タッチして展開)

裁判例.9 医療水準(最高裁昭和57年3月30日)

1.事案の概要

原告父親をX1、母親をX2、未熟児で生まれた子供をX3とする。

<時系列>昭和44年

12月21日午後5時頃

X2陣痛発来、早産が予想され、Y病院に入院

同月22日午前1時48分

X3を出産。ただし、X3は、1120gの未熟児として生まれ、全身チアノーゼがあり、呼吸不整のために保育器に収容され、Y病院の担当医の管理下に置いて看護保育されることに。

<時系列>昭和45年

1月7日(17日目)

X2が担当医に「未熟児のために目に障害があるか」確認するも、担当医は「心配ない」と回答

同月16日(26日目)

2人目の担当医着任(担当医交替その1)

同月28日(38日目)

酸素投与終了

同月31日(41日目)

眼科医の初診で、初の眼底検査。

このときX3の両目とも眼科医が驚くほど血管が迂曲、怒張。右耳側下方に小出血。

左外上方周辺の網膜は灰白色に混濁。

ただ、失明しておらず、自然治癒の限界を超えていないと診断(実は悪化した病変があるものの、軽度の病変が進行中と診断)。

同月12日(52日目)

ステロイド剤の投与開始(ただ、効果なく悪化)

同月24日(65日目)

保育器への収容終了(眼を除いては急激な悪化もなく順調な経過をたどって退院時まで生育)

3月9日(78日目)

Y病院→X1及びX2にX3の失明の危機を知らされる、天理よろづ相談所病院の眼科医を紹介

3月16日(85日目)

Xら、天理よろづ相談所病院の診察を受けるも、既にX3の右目はⅤ期で失明。

Ⅲ期であった左眼だけでも助けようと、光凝固法による手術を受けたが、既に手術の時期をなくし成功せず、両目とも失明。

2.医学的知見

(1)未熟児網膜症とは

赤ちゃんが母親のお腹にいる期間が短いと、網膜の血管が完成する前に生まれ、網膜の血管の成長は途中で止まる。

途中で成長が止まった血管は、枝分かれをしたり新たな血管ができたりと異常な発育の可能性があり、網膜剥離を起こし視力の低下や失明を引き起こす。

このような病気を未熟児網膜症という。

(2)未熟児網膜症の分類と進行

未熟児網膜症は、進行の仕方で、徐々に進行する「Ⅰ型」と一気に進行する「Ⅱ型」の2種類に分類される。

「Ⅰ型」は、症状の進行はゆっくりで、自然に治癒する子供もいる。

症状の進行具合によって5段階に分け、2段階目までは経過観察になるが、3段階以上になると網膜剥離などのおそれがあり、治療が検討される。

「Ⅱ型」は、急激に症状が進行し、網膜剥離を引き起こして失明する可能性が高い。

Ⅱ型と診断されたらすぐに治療が行われる。

(3)事件当時の治療法についての展開等

  • 過剰な酸素の投与が本症に影響する因子と考えられていたが、昭和40年代後半まで、本症の発生予防のための酸素投与の方法についての統一見解はなく、酸素濃度を40%以下にとどめ、投与期間が極端にならないように注意するというのが一般臨床医の間での一応の指針となっていた。
  • 天理よろず相談所病院の眼科医は、昭和42年秋の日本臨床眼科学会において、同年3月に光凝固法(血管が伸びていない部分の網膜にレーザー光線を当てて網膜を焼き、新生血管を促進する因子の放出を抑える)を実施し成功した本症2例の報告をし、昭和43年4月にはこの報告が「臨床眼科」22巻4号に掲載されて注目され、さらに昭和45年5月に4例の光凝固法施行結果を発表した。
    昭和46年ころから、各地で光凝固法の追試が行われ、光凝固法が本症の進行を阻止する効果があるとの報告が相次いだ。

3.判例の要旨

本件の主な争点としては、以下の判示以外にも、X3の全身管理の懈怠及び酸素投与上の過失、眼底検査の遅延と眼底検査上の誤診等があったが、最高裁は以下の事項について判示した。

(1)Y病院でのステロイド剤の投与の遅延

X3の出生当時、未熟児の看護療養にあたる小児科、産科、眼科医として、未熟児網膜症の治療のためには、初期(Ⅰ期、Ⅱ期)に酸素濃度の適正管理を行い、ステロイド剤等を投与することが臨床医家の間でのほぼ共通した見解であったが、口頭弁論終結時の昭和53年には、ステロイド剤等の投与は、副作用を伴う危険が大きいこと、自然治癒との区別がつきにくいこと、積極的な効果があると確認されるに至っていないこと等から、Y病院の医師のステロイド剤の投与の時期が遅延したことについて過失責任は認められない。

(2)転医指示義務及び療法等の説明指導義務違反

①光凝固法が本症に対して有効な治療法であることは肯定。

もっとも、②X3の診察当時(昭和44年ないし45年初め)において、光凝固法は本症についての先駆的研究家の間で実験的に試み始めた状況で、一般眼科臨床医家の間では、特別関心のある者以外正確な知識がなく、光凝固法が本症の治療方法として眼科医において一般的に採用されていなかった。

また、③当時、Y病院においても、光凝固法の療法を自院で採用しうる状態、もしくは転医しうる状態でもなかった。

注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるから、Xらが主張するような転医指示義務及び療法等の説明指導義務違反はない。

4.医療事業部 弁護士による解説

不当に高い注意義務を医師に課した場合、医療現場からの医師の逃避や萎縮診療をもたらす反面、不当に低い注意義務しか課さない場合、医療現場の弛緩をもたらし、医師の怠慢な結果を患者に負担させることとなってしまう。

そこで、この注意義務の基準となる医療水準をどのようなものとして理解するかが重要となる。

医療水準としては、「学問としての医学水準」(研究水準・学会水準)と「実践としての医療水準」(経験水準・技術水準)があり、後者が注意義務の基準となる医療水準とされる。

医療水準が形成されるにあたっての基本的な流れをみると、

①専門的研究者の考察や試行錯誤から仮説が生まれ

②①の裏付けとなる理論的研究や動物実験等を経て、臨床実験がされ

③他の研究者の追試や有効性(治療効果)と安全性(副作用等)の確認がされ

④③の成果が文献に発表されて、学会や研究会での議論等を経て

⑤専門的研究家の間で、その有効性と安全性が是認され

⑥研修等を通じて、治療法が各医療機関に伝わり、その後設備が整っていく

という段階をとるものと思われる(最高裁判決平成7年6月9日参照)。

個々の医師が⑥の段階まで至った一般的に実践されている水準に追い付いていないとすれば、それは許すことができないのであって、人命を預かる医師としては、その一般的に実践されている水準に追い付いていく義務があると思われる。

注意義務の基準となるのは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるとした本判決は、妥当であると思われる。

もっとも、実際に医療過誤等が争われる場合、当該治療法についての医療水準がどこか、医師にどこまで注意義務を課せるのかが問題となることがある。

その際には、医学文献等に記載された医学的知見を発見したとしても、それが高度な水準であり、現場で実践されている水準ではない可能性もあるので、注意が必要である。

裁判例集に戻る

医療事故解決相談メニュー