【裁判例】MRSA院内感染 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.12 MRSA院内感染(名古屋地裁平成19年2月14日)

1.事案の概要

患者(以下、「X」という。)は、平成14年8月12日ころから、食欲不振、吐き気及び黄疸の症状が見られ、同月31日、岐阜県立G病院にて、亜急性型劇症肝炎と診断された。

その後、9月1日、Y病院に転院し、Yとの間で、劇症肝炎の治療を目的とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。

Y病院の集中治療室(ICU)に入院したXは、同月3日、本件診療契約の一環として、同月4日にドナーをXの兄とする血液型不適合の生体肝移植(以下「本件手術」という。)を受けることとなった。

Xは、同月4日、本件手術を受け、術後から同月8日までは、ICU内の無菌室(クリーンルーム)において、同月12日まではICUにおいて、治療(免疫抑制剤の投与を含む)及び看護を受け、その後、一般病室に移った。

なお、入院時から同月6日までの検査ではMRSAは検出されなかった。

Y病院の医師は、9月8日、Xの咽頭扁桃拭液を採取し、細菌培養検査を行ったところ(同日が日曜日であったため、検査受付日は翌9日)、同月12日、MRSAが検出されたとの中間報告を受けた。

そこで、Y病院の医師は、同日、Xに対し、MRSAに対して感受性を有するバンコマイシン(0.5g)の投与を開始し、同月15日までその投与を続けた。

また、同日、Xに大便頻回の症状が見られたため、Y病院の医師は、同月16日、Xに対し、バンコマイシン散の経口投与を行った。

同月20日にXから採取された動脈血から、MRSAが検出され、遅くとも同日には、XはMRSAの敗血症に罹患していた。

Y病院の医師は、同日、MRSAに対して感受性を有するハベカシンの投与を開始した。

その後、Xは、10月14日に実施された心エコー検査において、僧帽弁閉鎖不全が認められ、同日、MRSA敗血症を原因とする感染性心内膜炎を発症、さらに、11月2日に実施された頭部CT検査において、右大脳出血が認められ、同月8日午後11時5分、脳出血を直接の原因として(脳出血は、本件手術後のMRSA敗血症罹患を原因とする感染性心内膜炎の結果である。)、死亡した。

2.医学的知見

(1)MRSAとは

ペニシリナーゼ抵抗性薬物であるメチシリンに耐性を示す黄色ブドウ球菌であって、メチシリン以外にもセフェム、マクロライド、アミノグリコシド系薬物に耐性を示す多剤耐性菌である。

病態及び症状は、主として、悪性腫瘍や自己免疫疾患患者、外科手術後の患者、高度熱傷患者、老年者、産褥にある婦人、新生児など感染抵抗性を減弱させる全身的要因を有する場合(易感染性宿主)に、敗血症、心内膜炎、肺炎、腸炎、尿路感染症、皮膚軟部組織感染症など、局所あるいは全身の難治性感染症を引き起こす。

MRSA感染症に特徴的な症状や所見はない。

血液検査では、白血球数(WBC)の増加、左方移動、赤沈の亢進、C反応性蛋白(CRP)の上昇が見られる。

免疫不全や敗血症の患者では、これらの反応が見られず、白血球数はむしろ減少することもある。

当時、MRSA感染症治療用に認可されていた注射用抗生物質は、アルベカシン(ハベカシン)、バンコマイシン、テイコプラニンの3種である。

(2)敗血症

敗血症は、体内の感染病巣から細菌などの微生物あるいはその代謝産物が血液内に流入することにより引き起こされる重篤な全身症状を呈する臨床症候群である。

敗血症では、全身症状、原発感染病巣による症状、転移性感染病巣による症状、合併症による症状が混在して認められる。

全身症状としては、悪寒戦慄を伴う急激な高熱、頻脈、頻呼吸、意識障害、消化器症状などがあり、重篤感を伴う。

しかし、これらの症状は特異性に欠け、症状のみから診断を確定するのはしばしば困難である。

(3)de-escalation (デ・エスカレーション)

最初にスペクトラム(病原微生物に対する抗生物質の作用範囲)の広い抗菌薬を使用し、培養結果と臨床的効果をみて、不要な抗菌薬を中止したり、より狭いスペクトラムの抗菌薬に変更する治療法。

デ・エスカレーションを行う目的は、常在菌叢の変化によるクロストリジウム・ディフィシル関連腸炎などの副作用減少、薬剤耐性菌の選択・誘導の予防、高額な広域抗菌薬使用を抑制することによる医療コストの削減などがある。

なお、デ・エスカレーションによる敗血症患者や院内肺炎患者の生命予後の改善も報告されるようになってきている(Chest 2006; 129: 1210-8、 Crit Care 2011; 15: R79)。

3.判決要旨

(1)本件における注意義務とその懈怠

MRSA敗血症が感染症発症の一形態であり、一般論としても重篤化すれば回復が困難となること、特に本件では血液型不適合のドナーからの生体肝移植手術直後で、免疫抑制剤が使用され、一度感染症が発症すれば治療が困難となることからして、Y病院の医師としては、慎重に感染徴候の有無を精査し、その結果、感染徴候を認識し得たのであれば、早急にMRSA感染の有無を確定診断すべく、とりわけ血液を対象とする細菌培養検査を実施するとともに、その結果に従って、遅滞なく適切な量のバンコマイシンの静脈注射を行うことが求められるというべきである(なお、バンコマイシンの投与量については、乙B6によれば、血中濃度のトラフ値とピーク値を測定し、投与量を決めることとされているところ、甲B12によれば、腎機能が低下している患者においては、クレアチニンクリアランスを計算した上で投与量を決定すべきであり、計算の結果、Xに投与すべき量は、1日当たり924ないし1324mgとなる。)。

Y病院の医師は、9月8日採取のXの咽頭扁桃拭液からMRSAが検出されていたこと、白血球数が減少してきていること、好中球の核の左方移動が見られたこと、脈拍数が増加したこと及び腹水も増加したこと、以上の感染徴候については、9月17日時点で認識していたはずであり、特に腹水の増加については、Y病院の医師自身が感染症の可能性を認識している。

そうであれば、Y病院の医師としては、同日において、XがMRSA敗血症に罹患した疑いが高まったと判断することが可能であったというべきである。※9月8日から同月16日までは注意義務違反を否定。

しかるに、Y病院の医師は、超音波検査で判明した門脈血流停止の事態に対処すべく、門脈造影検査や拒絶反応に伴う肝機能低下の改善を目的とした門脈内ステロイド剤投与を行ったものの、同月16日にバンコマイシンの投与を中止した後、同月20日に至るまで、MRSAに対する上記細菌培養検査を尽くさず、また、抗生剤の投与をしなかったことに特段の合理的理由を見いだすことができない(過失肯定)。

(2)因果関係の存否

Xは、血液型不適合のドナーから生体肝移植を受けたものであり、五年生存率は50ないし55パーセント前後と推測されることから、もともと、Xの予後については、必ずしも楽観できなかったことや、Yの注意義務懈怠は9月17日以降の対応にあるが、同月20日には抗生剤(ハベカシン)の投与が行われているから、最大でも3日の遅れであり、検査結果によって投与を開始するについても、Xに腎機能の低下が見られることからクレアチニンクリアランスを計算してもバンコマイシンの本来の投与量より少ない量(本来投与すべき量の5~6割程度)でしか投与できないこと、拒絶反応に伴う肝機能の低下など、生命に影響を及ぼす他の症状が見られていたことなどを併せ考えると、適切な治療行為を行ったとしても、Xが治癒した高度の蓋然性までは認め難い。

もっとも、9月20日以降抗生剤の投与が再開された後、CRP値が低下するなど抗生剤投与の効果が見られたといえる時期があったことから、バンコマイシンの適切な投与によって、発熱などの症状やCRP値などの検査数値が実際ほど急激には悪化しなかった可能性は十分あり、実際にXが死亡した当時において、未だ生存していた相当程度の可能性はあると判断するのが相当である。

4.医療事業部 弁護士による解説

院内感染に関する医療訴訟では、①院内感染防止上の過失、②診断・治療の遅れに関する過失が問題とされるが、本件は②についての過失を肯定した事案である。

MRSA感染症は日和見感染(健康時には感染症を起こさず、弱毒微生物または非病原微生物あるいは平素無害菌などと呼ばれる (院内) 環境のそこかしこに棲息している外因性微生物、あるいは自分自身の正常細菌叢の構成菌種である内因性微生物が原因で発症する感染症)の一種であり、また、通常の病院では院内感染防止対策のマニュアルなどを作成していることから、①を立証することは極めて難しい。

そして、①ついては、病院の管理制度に関する過失と、体制は整っているものの個別的な感染防止について過失がある場合が考えられるが、どちらにせよ具体的な感染ルートは、カテーテル感染等以外では、特定し難く、何をすべきであったかという注意義務を特定できない結果、過失を立証できないのである。

本裁判例でも、原告は院内感染防止上の過失を主張したが、原告が主張したY病院における種々の感染防止上の過失については否定されている。

もっとも、大阪地判平成13年10月30日(判タ1106号187頁)の様に、

「…MRSAが接触感染により発症するものであることは広く知られているところ、…同月22日以降、創部からの髄液漏があり、その際、被告病院には、患部を十分に消毒し、ガーセ等で患部を十分に被覆しガーセを固定すること等により、医療関係者又は第三者が患部や患部から漏出した髄液等に接触して発症するMRSA感染を防止するための適切な処置を講ずる義務があったにもかかわらず、これを怠り、患部を露出させたまま一時放置していたほか、患部の消毒や被覆について適切な処置を講じなかったため、Aは、MRSAによる化膿性髄膜炎に罹患したものと認められる」

として、感染ルートを特定し、何をすべきであったかを特定した事例もあるため、過失の構成としては一応検討に値するものと思われる。

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