【裁判例】転医義務と医師の過失 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.13 転医義務と医師の過失(最高裁平成15年11月11日判決)

1.事案の概要

Yが開設する本件医院において、小学6年生のXが、発熱や嘔吐等を訴えて診察を受け、その後転送された病院で原因不明の急性脳症と診断されて身体障害者等級1級に該当する障害が残存したことにつき、YがXの診察に際し脳障害の初期症状等を看過し、適時に専門の脳神経科等の医療機関に転送しなかった過失によるとして、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。

<時系列>

※以下、特段の断りがない限り、昭和63年の事実を列挙する

9/27

Xは、9/27頃から発熱し、翌日は学校を休んだ。

9/29

Xは、本件医院でYの診察を受けた。Xは、前日から腹痛、頭痛、発熱があり、頭痛と前頚部痛があることを訴えた。

Yは、Xに37.1℃の発熱、軽度の咽頭発赤、右前頚部圧痛を認め、上気道炎、右頚部リンパ腺炎と診断し、アスピリン含有EAC錠等を処方した。

9/30

症状が改善せず、Xは、19時頃、本件医院でYの診察を受けた。Yは、Xに39℃の発熱、扁桃腺の肥大・発赤を認め、扁桃腺炎を病名に加え、服用薬を2倍とする処方をした。

10/1

Xは、発熱がやや治まる。

10/2

Xは、昼から再び発熱し、むかつきを訴え、14時頃、本件医院が休診だったため、Aに付き添われB病院で救急の診察を受け、鎮痛剤を処方された。

Xは、20時頃から腹痛を訴え、23時30分頃大量の嘔吐をし、その後も吐き気が治まらなかった。

10/3

Xは、4時30分頃、Aに付き添われB病院で救急の診察を受けた。

B病院の医師は、腸炎と診断し、虫垂炎の疑いもあるとして本件医院での受診を指示した。

Xは、8時30分頃、Aに付き添われ本件医院でYの診察を受けた。

Yは、Xに38℃の発熱、脱水所見を認めて、急性胃腸炎、脱水症等と診断し、本件医院の2階の処置室のベッドで、13時頃まで約4時間Xに700㏄の点滴による輸液を行った。

階段の上り下りは、Aが背負ってした。Xは、点滴開始後も嘔吐をし、症状は改善されなかった。

Yは、嘔吐が続くなら午後も来診するように指示して、Xを帰宅させた。

Xは、帰宅後も嘔吐が続き、16時頃、Aに付き添われ再度本件医院でYの診察を受け、本件医院の2階で20時30分頃まで約4時間700㏄の点滴による輸液を受けた。

Xは、点滴開始後も嘔吐の症状が治まらず黄色い胃液を吐き、点滴の途中で、点滴が1本目なのに2本目であると発言したり、点滴を外すように強い口調で求めたりした。

Xの言動にAは不安を覚え、Yの診察を求めたが、別患者の診察中だったYは、すぐには診察しなかった。

Yは、点滴の合間にXを診察し、脱水症状、左上腹部に圧痛を認めた。

なお、Xは、19時30分頃、Aの不在中に自分で点滴台を動かしてトイレに行き、排尿後、職員に礼を述べた。

Xは、20時30分頃、点滴終了後Aに背負われて1階に下り、診察台でYの診察を受けた際、いすに座れず診察台に横になった。

Xは、点滴前に37.3℃あった熱が点滴後は37.0℃に下がり、嘔吐も一旦治まり、21時頃、Aに背負われて帰宅した。

Yは、Xの嘔吐等が続くようであれば事態は予断を許さないと考え、症状の改善がみられなければ入院の必要があると判断し、入院の可能性を考えて、紹介状を作成した。

Xは、帰宅後も嘔吐が続き、熱も38℃に上がり、23時頃にAに苦痛を訴えた。

10/4~

Xは、早朝、Aが呼びかけても返答しなくなった。

Yは、Xの状態が気になっており、8時30分頃、X方に電話をかけXの容態を知り、すぐ来院するよう指示した。

Xが9時頃本件医院に来院したが、意識混濁状態で、呼びかけに反応がなかったため、Yは、精密検査・入院治療が可能なC総合病院の紹介状をAに交付した。

Xは、C総合病院に行き、11時に入院の措置がとられた。Xは、入院時、意識は傾眠状態で、呼びかけても反応がなく、体幹及び四肢に冷感があり、頚部及び四肢全般に硬直が見られた。

C総合病院の医師は、直ちに頭部のCTスキャン検査等を実施し、脳浮腫を認め、Xの当時の症状を総合して、ライ症候群を含む急性脳症の可能性を強く疑い、脳減圧の目的で、グリセオール、デカドロン等の投与を開始した。

しかし、Xは、その後も意識回復せず、入院中のH1/2/20、原因不明の急性脳症と診断された。

H1/10/25

Xは、水頭症の治療のため、C総合病院を退院し、D病院脳外科に転院した。

H2/2/2

Xは、D病院を退院したが、急性脳症による脳原性運動機能障害が残り、身体障害者等級1級と認定され、日常生活全般にわたり常時介護を要する状態にあった。

H13/5/8

Xは、後見開始の審判を受け、成年後見人が付された。

2.医学的知見(急性脳症について)

  • 急性脳症は、急性脳炎に似ているが脳に炎症の所見を欠くときに診断される疾病であり、著明な脳浮腫を伴うことが多く、早期診断、早期治療が重要な疾患である。
  • 診断の臨床的手掛かりは、頑固な嘔吐、意識障害、肢位の異常及びよく先行疾患を伴い、意識障害は必ず発生するとされる。
    軽い昏迷から深昏睡まで意識障害の程度は様々あるが、特に周囲に無関心な状態や攻撃的な状態(TVサイン)を見逃さないことが早期発見につながる。
  • 急性脳症の予後は、一般に重篤で不良とされ、昭和51年の統計では、死亡率は36%で、生存した場合でも、生存者中の63%に中枢神経後遺症が残存し、昭和62年の統計では、完全回復は22.2%で、残りの77.8%は死亡したか又は神経障害が残ったとされる。
    予後の良否は、早期に適切な治療がされるか否かに左右され、特に、脳浮腫の治療が早期にかつ適切に行われるか否かが重要とされる。
    嘔吐性の疾患には、消化器疾患、感染症等もあり、臨床的には、これらの重大かつ緊急性のある疾患を見逃してはならないとされる。
    また、急性の嘔吐で胆汁等が混じったり、全身状態がおかされたり、脱水等の所見がみられるときは、緊急性が高く、輸液によっても嘔吐や全身状態が改善しない場合には、原因の再検討をすべきであるとされる。
  • 米国においては、昭和57年にアスピリン等のサリチル酸系製剤とライ症候群との関連性を示唆する調査報告が公表されたが、これを受けて実施された日本の調査においては、関連性を示す結果は示されず、ただ万全を期すために、厚生省が製薬業界に自主的措置を検討するように求め、使用上の注意として「15歳未満の水痘、インフルエンザの患者にやむを得ず投与する場合には、慎重に投与し、投与後の患者の状態を十分に観察すること」と改訂された。

3.判決要旨

最高裁は、以下の理由を述べて、本件医院のYの責任を肯定した(原審破棄差戻)。

(1)転送義務違反について

診療の経過に鑑みると、Yは、初診から5日目の10/3の16時頃以降の診察を開始する時点で、それまでの自らの診断及びそれにもとづく治療が適切なものでなかったとの認識が可能であったにもかかわらず、午前と同様の点滴を、常時その容態を監視できない2階の処置室で実施した。

その点滴中にもXの嘔吐は治まらず、またXに軽度の意識障害等を疑わせる言動に不安を覚えたAがYに診察を求めるなどをしたことからすると、Yとしてはその時点でXの病名は特定できないまでも、本件医院では検査及び治療の面で適切に対処できない、急性脳症等を含むなんらかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識できたとし、この時点で急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処しえる高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関への転送義務を肯定した。

(2)相当程度の可能性の侵害について

適時に適切な医療機関へXを転送し、同医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受けさせていたならば、Xに重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは、YはXが前記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償する不法行為責任を負う。

そして、前記相当程度の可能性の存否についての審理が不十分であるとして、本件を原審に差し戻した。

なお、本判決は、「重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性」の存否について、本来、転送すべき時点におけるXの具体的症状に即して、転院先での適切な検査、治療を受けた場合の可能性の程度を検討すべきものであるとしている。

4.医療事業部 弁護士による解説

本件では、本件医院の医師Yの転送義務違反が問題となっている。

医師(医療機関)に求められる医療水準は、通常、先進的研究機関を有する大学病院や専門病院、地域の根幹となる総合病院、小規模病院、一般開業医の診療所の順で上下するものと考えられるため、開業医に求められる医療水準を超えた治療の場合には、医療水準に応じた診療をすることのできる医療機関へ患者を転送し、または転医勧告・指示等を含む説明をする義務(以下、「転医義務等」という。)を負うものと考えられる。

傍論ではあるが、最判平成9・2・25は、開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の治療に当たるとともに、重大な病気の可能性がある場合には、高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにあるとしており、かかる開業医の役割に鑑みれば、開業医は、自ら診療することができない特定の重大な病気の疑いがあると診断したときは、もちろん転医義務等を負うものといえるが、特定の重大な病気の疑いがあると判断できなくとも、自ら検査・診療等することができない何らかの重大な病気の可能性があることを認識し得た場合には、その検査・診療等をすることができる医療機関に患者を転送し、又は、転医説明を行う義務を負いうると考えられる。

本件医院での10/3の点適時におけるXの言動は、意識レベルの低下の徴候ないし軽度の意識障害の発現とも考えられるものの、その後のXの言動から意識レベルの低下の徴候であったと断定することは困難とも思える(原審判断)。

しかし、意識障害は、その進行の過程で、一進一退のような現れ方をすることもあり、意識障害を来す疾患は重篤で危険なものが多く、意識レベルが変動する場合に、一部覚醒に近い状態があったとしてもそれをもって意識障害がないと判断することは非常に危険であるため、その初期の意識障害を見出し、早期診断、早期治療に結びつけるのが臨床医の責務ではないか。差戻審もこのように判断している。

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