【裁判例】未破裂動脈瘤・開頭クリッピング術 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

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裁判例.14 未破裂動脈瘤・開頭クリッピング術(京都地裁平成12年9月8日判決)

1.事案の概要

主婦兼夫の経営する株式会社の取締役であったX(症状固定時69歳)が、未破裂の左中大脳動脈動脈瘤の治療のためY1が経営する本件病院に入院し、執刀医Y2による左前頭・側頭骨形成開頭及び中大脳動脈ネッククリッピング手術(以下、「本件手術」という。)を受けた後、脳梗塞となり、後遺障害等級1級に相当する障害が残存したことにつき、Y2には、①動脈瘤の基部以外の血管をクリップで挟んだことに関する過失、②キンクを生じさせたことに関する過失があったとして、Yらに対して、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償を求めた。

<時系列>

※以下、特段の断りがない限り、平成8年の事実を列挙する

8/8

Xが健康診断を受けた際に、精密検査を勧められ、レントゲン検査の結果、未破裂の左中大脳動脈動脈瘤が見つかった。

9/30

Xが、本件病院でY2の診察を受ける。

11/26

Xが、動脈瘤の治療のために本件病院に入院する。

11/27

Xが、Y2の執刀により、本件手術を受けた。

本件手術は、開頭し、脳ベラにより周りの脳組織をよけて圧排し、動脈瘤を露出させ、瘤の基部をクリップで挟み、血液の流れを遮断し、破裂を防ぐというものであった。

13時に本件手術が開始され、Xの頭皮を左半冠状に切開し、前頭・側頭骨形成開頭を行い、14時25分に頭蓋骨を除去した。

14時45分に硬膜を切開し、前頭を脳ベラで圧排し、手術野を拡げ、脳神経Ⅰ(臭神経)・脳神経Ⅱ(視神経)を確認し、左内頸動脈に沿って血管を辿って、中大脳動脈の三叉部に至り、右三叉部に動脈瘤があることを確認したが、三叉部の癒着は強く、特に動脈瘤のドーム部分と分岐した動脈の一本とが強く癒着していた。

Y2は、動脈瘤の基部(ネック)を剥離し、17時35分に動脈瘤ネッククリッピングを行い、同55分に硬膜縫合をし、硬膜外にドレーンを設置し、18時20分に本件手術を終えた。

Xは、18時25分に病室に戻ったが、対光反射は左正常・右鈍であり、瞳孔も右が小さく、麻痺は健側に比べて右上肢が2/5、右下肢が2/5~3/5しかなく、右半身の麻痺が見られた。

Xの意識レベルは、当日の21時までは刺激しても覚醒しない状態であり、23時に体を揺さぶることにより開眼する状態となったものの、12/11ころまで刺激しても覚醒しない状態と体を揺さぶらないと開眼しない状態を行き来した。

11/28

CT検査の結果、左中大脳動脈の全支配領域に脳梗塞が生じていると確認された。

12/11の後、Xは、意識レベルは改善したが右半身は麻痺したままであり、失語症が残存した状態のまま、H9/3/5まで本件病院に入院し、同日、リハビリセンターに転院した。

H9/3/28

症状固定(右上下肢機能障害、視野障害、言語機能障害)となった。

2.医学的知見(急性脳症について)

(1)未破裂動脈瘤

ア 未破裂動脈瘤とは

動脈のある部分がコブ状に膨らんだ状態を動脈瘤といい、未破裂動脈瘤とは、動脈にできたコブが破裂しないままの状態であることをいう。

動脈瘤の根元の部分を「ネック」(頚部)と呼び、その先の膨らんだ部分を「ドーム」と呼ぶとされる。

動脈瘤は、通常、大きな血管の分岐部、つまり血管が枝分かれした部分が、血流に押される形で膨らんで形成されることが多い。

そして、血流に押される形で徐々に風船のように大きくなると考えられており、この袋が大きくなればなるほど、風船の薄い部分が破裂するのと同じように、壁の中に薄い部分が生じてきて破裂すると考えられている。

例えば、脳動脈瘤が破裂すると、脳を包むくも膜の内側に出血を起こり、くも膜下出血となる。

イ 原因

動脈瘤のできる原因は明確にされていないが、高血圧や血管壁へのストレス、喫煙、遺伝などによる動脈壁の脆弱性に関連するとされる。

自覚症状がない場合も多いが、動脈瘤が大きくなり、頭痛や複視など神経を圧迫してその障害が生じて見つかる場合もある。

ウ 治療法

脳動脈瘤が破裂する前に治療すれば、効果的にくも膜下出血を予防することができる。

効果があると考えられているのは、未破裂脳動脈瘤の外科治療であり、頭蓋骨を開けて動脈瘤をクリップで閉塞する「クリッピング術」と、マイクロカテーテルを用いた脳血管内治療である「コイル塞栓術」とがある。薬で脳動脈瘤を閉塞する治療法はまだない。

(2)クリッピング術

外科的に脳動脈瘤に到達するために、頭皮、筋組織、頭蓋骨、硬膜を通過して脳を傷つけないようにくも膜を切り裂きながら脳表の大きなしわを開いて目的部位に到達する必要がある。

さらに、動脈瘤を周囲組織から剥離する必要もある。

動脈瘤周囲のクモ膜などの剥離が済んでクリップをかけることになる。

クリップは、実際に動脈瘤頚部を閉鎖するブレード部分と閉鎖圧を発揮するバネを把持するヘッド部分に分かれ、動脈瘤頚部をクリップのブレードで挟み込むようにクリップをかける。

3.判決要旨

裁判所は、以下のように判断して、Y2の過失について肯定した。

(1)動脈瘤の基部以外の血管をクリップで挟んだことに関する過失について

以下の点などから、Y2は、本件手術の際、動脈瘤の基部をクリップで挟み、動脈瘤を剥離した後、クリップの先端が他の血管を挟んでいないかどうかを確認すべき注意義務があったのに、これを怠り、動脈瘤を剥離した後、クリップの先端を確認しなかったため、正常な動脈であるM2下行枝をクリップで挟んでいることに気付かず、これを放置した過失があった。

中大脳動脈水平部(M1)は、内頸動脈から分岐した後、M2上行枝とM2下行枝の二本に分かれ、M1のすぐ上にレンズ核線条体動脈の支配領域があり、M2のすぐ上に左中大脳動脈の支配領域があり、また、Xの脳動脈瘤は、M2の上行枝と下行枝が分岐する付近に存在した。

鑑定人は、

「本件脳梗塞の範囲は左中大脳動脈支配領域の全域にわたっており、左中大脳動脈水平(M1)部の閉塞によるものと考える。」

「左前頭葉・側頭葉の中大脳動脈支配領域のみならず、レンズ核線条体動脈支配領域である基底核にも梗塞がおよんでいるため、M1部の閉塞が原因と考えられる。」

と指摘した。

また、

「手術所見、血管撮影から判断して中大脳動脈の一本の枝(M2下行枝)にクリップがかかっている可能性がある。」

「本件で術者がクリッピング後、動脈瘤を完全に周囲の脳から剥離し、クリップの先を確認しなかったことは残念である。」

と指摘した。

更に、Y2が動脈瘤を剥離した後、裏側を確認しなかったことは適切ではないと述べ、通常の大きさの中大脳動脈では、クリップをかける前に裏側のM2下行枝を観察できないことが多いので、いったんクリップをかけ、動脈瘤が破裂しないようにしておいて動脈瘤の全周を剥離して、裏側でクリップがM2を閉塞させていないかどうかを確認することが重要であると指摘した。

Y2は、

「動脈瘤ドームは周囲との癒着が強かったので、ドーム全体を周囲脳から剥離し、動脈瘤をひっくり返しクリップの先端を確認はしていない。」

「血管撮影からネックの奥にはM2の枝は無いと考えていた。」

「動脈瘤の奥には、M2の枝は無いと考えていたので動脈瘤を起こしてまで確認していない」

などと、クリップの先端を確認しなかったことを認めた。

(2)キンク(ねじれ)を生じさせたことに関する過失について

以下の点などから、Y2は、本件手術の際、M2が動脈瘤に強く癒着し、クリップのためM2上行枝がキンクする可能性が高かったのであるから、クリップを掛けたときにキンクしていないかを顕微鏡下で確認するだけでなく、脳ベラを軽く外して動かないかを確認し、更に、超音波で血流を確認すべき注意義務があったのに、右のような確認をしなかった過失がある。

鑑定人は、M2下行枝がクリップで閉塞しただけで中大脳動脈全域の脳梗塞は発生しないので、M2上行枝も閉塞した可能性がある、すなわち、M2が動脈瘤に強く癒着していたので、M2上行枝と動脈瘤の間に十分なスペースができず、クリップのためM2上行枝がキンクし、M2下行枝だけでなくM2上行枝も閉塞したため、中大脳動脈の血流が行き場を失い、閉塞が中大脳動脈水平部(M1)に及び、レンズ核線条体動脈を閉塞させたと考えられると述べた。

また、本件手術と同様の手術を行う際、手術で使用した脳ベラを外すと、血管やクリップ等の位置関係が変化し、キンクが生じうるので、これを予防するため、クリップを掛けたときにキンクしていないかどうかを顕微鏡下で確認する外、脳ベラを軽く外して動かないかを確認し、更に、超音波で血流を確認するが、このような方法は一般的であると説明した。

Y2は、

「動脈瘤ネックにクリップするときは、脳を脳ベラで圧排している状態で行い、手術終了後は脳ベラを外すと脳の位置が自然の位置に戻りその際クリップの立体的位置関係が変わる、その為に脳・クリップ・血管の位置関係が変わる、その状態は……避けようのない事である。」

と述べ、更に術中にキンクが生じたときはクリップをかけ直すと述べたが、脳ベラを軽く外して動かないかを確認したり、超音波で血流を確認したりしたとは述べていない。

4.医療事業部 弁護士による解説

未破裂脳動脈瘤の治療(クリッピング術、コイル塞栓術等)では、説明義務違反が争点とされることも多いが、本件は、X側がY2の手技ミスを過失として構成した事案である。

本件で、Xが本件手術により左中大脳動脈が遮断されて脳梗塞となり、右片麻痺、失語症が発生したことに争いはなく、Y2の手技ミスについて、鑑定人の見解等を根拠として、動脈瘤の基部以外の血管をクリップで挟んだことに関する過失、キンクを生じさせたことに関する過失の双方が認められた。

Xの脳梗塞の原因についても争われた(Yらは、脳梗塞の原因として脳血管攣縮、脳血栓又は脳塞栓によるM1部の閉塞が考えられると主張した)ものの、これも鑑定人の見解をもとに否定されている。

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